リモートワークによって視覚的に相手の様子が見えなくなり、部下の不調に気づきづらくなったと悩む方は多いのではないでしょうか。
ビジネス現場におけるメンタルケアというと、上司が部下を気遣うことを前提に語られることが多いですが、慣れないリモートワークによって困っているのは上司やマネジメント層も同じ。では、自分自身や周りの不調に気づくためにはどうすればよいのでしょうか。また、気づいたときにはどう対応すればよいのでしょうか。
本記事では、11月16日に『Alternative Work』が主催したイベント(登壇:精神科医/産業医・木村好珠、株式会社キャスター取締役CRO・石倉秀明)をもとに、対談記事にまとめました。
木村好珠
精神科医・産業医・スポーツメンタルアドバイザー。メンタルクリニックでの勤務、14社の産業医、サッカーや野球などトップアスリートへのメンタルアドバイス、アカデミー世代へのスポーツを通じたメンタル育成を行う。1人でも多くの笑顔が生まれるよう日々奮闘中。著書に『スポーツ精神科医が教える日常で活かせるスポーツメンタル(法研)』 『人づき合いがスーッと楽になる コミュ力アップの法則(法研)』など。
石倉秀明
約800名がフルリモートワークする株式会社キャスター取締役CRO(Chief Remotework Officer)。『Live News α』(フジテレビ系列)、『ABAMAヒルズ』(ABEMA)コメンテーターや『ダイヤモンド・オンライン』での連載、書籍執筆などの活動も行う。妻と6歳の娘と犬と猫と暮らしている。著書に『会社には行かない』『コミュ力なんていらない』『THE FORMAT』等。
リモートワークは「不調のサイン」に気づきにくい?
石倉:コロナ禍以降、リモートワークをする会社はとても増えました。皆さんの周りでも、リモートワーク導入でハッピーに働けるようになった人もいれば、逆にストレスになったよという声もあるかと思います。
木村さんから見て、リモートワーク前後で患者さんの数や傾向にはどんな変化がありましたか?
木村:患者さんの数は増えてるなと感じます。精神科に行くハードルが低くなってくれた面もあるのかなとは思うんですけど。
リモートワーク前後で比べると、たとえばオンオフがつけられない、テキストでのコミュニケーションがとりづらい、という生活環境の変化で悩む人が増えている印象です。あとは、本当に重症になってから病院にくる人が多くなったのは良くない変化ですね。
石倉:どうして、重症になってからくる人が増えたんですかね?
木村:通勤していたときは、朝起きて出かける準備をして、玄関を出て電車やバスに乗って会社に行く──という、結構大変なことを皆さんこなしていたんですよ。その過程のどこかで「ちょっと行けないかも」「泣きそうかも」と不調に気づくポイントがありました。でも、リモートワークだと、自分の不調に気づきづらいんです。たとえば、9時始業だったら8時55分に起きて、泣きながらでもパソコンのスイッチだけ入れれば、仕事を始めることができてしまうんですね。不調でも頑張れちゃう。それで結局、本当にいっぱいいっぱいになるまで気づけないってことが多いかなと思います。
特に抑うつ傾向のときは、「心理的視野狭窄」といって、まわりが見えづらくなっています。「こんなんでへこたれちゃダメだ、自分はまだ頑張らなきゃいけないんだ」と、無理を続けちゃうんです。かつ、出社していたときと違って周りの人の目もないし、「会社の帰りに病院寄ってみようかな」というタイミングもないんですよね。
石倉:「自分、なんか今おかしいかも」と気づくきっかけが減っちゃうんですね。
リモートワークで通勤がなくなって、逆に労働時間が伸びたケースもあると思うんですよ。生真面目な人ほど休憩できないとか。それで生活リズムが狂っているケースもありそうですね。
木村:多いと思います。通勤時間が減ったぶん、稼働時間に充てちゃうとか。周りが仕事を切り上げて帰る様子を見ることもないし、家でいつでもパソコンを見られるから、夜や土日に「そういえば、あの仕事やってなかったな」と思い出して、作業しちゃったりするんですよね。そういうふうにして、段々オンオフがつかなくなるんだと思います。
石倉:リモートワークは、周りの人からもその人の表情や行動が見えないですからね。淡々と仕事してるように見えて、実はめっちゃ心折れてるみたいなこととかあるんだろうなと思いますね。
木村:そうなんですよ。会社にいたら、たとえばトイレに逃げ込んじゃうとか、朝突然起きれなくなるとか、他の人からも変化が見えるんですが…。
石倉:周りの人がオンラインで気づけるとしたら、どういうポイントがあるんでしょうか?僕が見てて感じるのは、「チャットへの登場回数が減る」「返事がそっけなくなる」「出退勤が乱れがちになる」「個別DMが増える」あたりなんですね。個別DMなんかは、僕のなかではもう「休んだ方がいいんじゃない?」っていうラインなんですけど。
木村:チャットの回数やスピードには、めちゃめちゃ反映されていると思います。患者さんからも「パソコンの前に座ると涙が出てきます」とか「パソコンの前に座ると気持ち悪くなっちゃいます」っていう話を聞きますし。なので、チャットでの反応が鈍くなっている場合、画面を見るのが辛くなって返せなくなってる可能性はありますねね。あとは「ミスが多くなる」単純に「作業が遅くなる」とかも不調のサインだと思います。
不調は上司側にも現れる。部下だけの問題と捉えないで
石倉:以前見かけて興味深かったのが、生命保険会社のアンケートで、リモートワークによって上司との関係が良くなったと答えた人が3分の2くらい、悪くなった人が3分の1くらいいたんです。理由の内訳を見ると、良くなった人の理由は「上司との余計なコミュニケーションが減って、妙に気を遣わなくてよくなった」で、これは悪くなった人の理由も同じ「上司とのコミュニケーションが減った」で、しかも同じくらいの割合いたんです。リモートへの環境の変化をどう捉えるのかは、本当に人それぞれだなと思ったんですよね。
木村:そうですね、リモートワークで生き方が全体的に良くなった人もいますね。人間、別に仕事だけのストレスで会社に行けなくなるわけじゃないので、たとえば自宅で子育てや介護とか、プライベートの時間が取れなかった人は、リモートワークでお家の時間が増えて嬉しいこともあるし。そもそも若い人はテキストコミュニケーションに慣れてるので、淡々と順応できている人もいますね。
一般的なラインケア研修だと「上司が部下の変化に気づけるかどうか」で語られがちなんですけど、上司部下って肩書なだけですし、私はどっちが気づくのもありだと思うんです。最近はハラスメントという言葉がはびこる世の中で、中間管理職やベテランの人たちがメンタルを病んでしまうことも多いんですよ。40代や50代で管理職になった人が部下との接し方に悩んで病院に来るケースもあるので、リモートワークによるメンタル不調は、部下の問題だけととらえないでほしいです。
石倉:そうですよね。中間管理職の人って、年上の経営陣とは会社に行って対面会議しないといけないけど、部下に対してはチャットでマネジメントをしなくちゃで、両方に対応しなきゃいけないみたいな人もいそう。部下は働き過ぎでいっぱいいっぱいだけど、上司からはせっつかれて悩んでしまうとか。リモートワークによって、そういう「中間管理職の板挟みが見えづらくなってる問題」もありそうですね。
そういう方へのアドバイスにもなればいいなと思うんですけど、上司の人が部下の不調に気づけたとして、オンラインだと具体的に何をすればいいでしょう?いきなり人事に言うのも早すぎるかなとか、悩む方多いと思うんですよね。
木村:それこそちょっとミスが多くなったとか、勤怠が崩れてきたときに、「ダメじゃないか」と否定するんじゃなく「慣れないこととか、今大変だなって思うこととかある?」みたいな感じで、DMを送ったり、1on1で話すのが良いと思います。「何かできることあったら言ってね、他にも困ってる人いるかもしれないからさ」って。部下の方から「ちょっともう厳しいです」って切り出すのって、難しいと思うんですよね。
ただ、通常の状態を知っていないとおかしくなっていることも分からないので、やっぱり普段からのコミュニケーションがめちゃめちゃ大事です。私が産業医をやっている会社では雑談部屋(雑談チャット)を勧めたりもするし、でも作るだけで活用されないことも多いので、週1回テーマを渡して話す時間を設けたりとか。そういう感じでコミュニケーションを取ってもらったりもしています。強制ではないですけどね。
ちゃんと関係性ができているのなら、1on1を設けて話してみるのもいいと思います。
何かが起こる前に。予防としての産業医の活用を
石倉:人事や経営者による介入は、事業部に言われて初めてということも多いです。普段から現場と連携しておいた方がいいことや、現場に伝えておいた方がいいことはありますか?
木村:まずは、産業医をうまく使ってほしいということですね。「なんとなく」で産業医がついてる会社って多いと思うんですよ。せっかくお金払ってるのに、すごくもったいないですよね。まずは産業医という存在がいること、ざっくばらんに話せる人がいるんだよってことを改めて周知してもらいたいです。
あとは、ストレスチェックですね。年2回くらいはやってると思うんですけど、やって終わりにしないこと。人事部では高ストレスの社員を把握しているはずなので、個人チャットで「もし面談したかったら言ってくださいね」とお誘いのメールをするとかですね。必ずしもストレスチェックに引っかかってなくても、「ちょっとこの人気になるな」という人にも声をかけていいと思います。
石倉:僕の感覚として、産業医って「何か起こってから会いに行く人」というイメージが強いんです。現場の人間にも、「産業医までいったらもう休職だ、なるべくそうなる前に止めたい」みたいな心理があると思うんですよね。
木村:それで言うと産業医って、「休職しなさい」と言える立場ではないんですよ。病院で診断書をもらわないとそもそも休職にはならないので。病院に行った方がいいかどうかの判断をしたり、ちょっとしたアドバイスをしたり、どちらかというとカウンセラーに近いと思います。
もちろん、何かがあった時にも対応しますが、予防的な意味合いでも産業医を活用してほしいですね。
石倉:治療しなきゃいけませんという状態になる前に…むしろその状態に気づくために、産業医を絡ませることが重要なんですね。
木村:私は予防策の1つとして、入社3,4ヶ月ぐらいのタイミングで1回面談させてもらうようにしています。最初の1,2ヶ月とかだとやることが多すぎてまだ分からないことも多いので、落ち着いてきたぐらいの頃に「会社どうですか、困ってることありますか」っていうコミュニケーションを取っておくんです。そうすると、本当に何か起こったときに「そういえば産業医の人がいたな…」と思い出してもらいやすいかなって。
石倉:でも、産業医って精神科でなくてもなれるし、言葉は悪いですが、実質名前貸しになっちゃっていることもあると思います。企業が産業医を選ぶときに気をつけた方がいいことはありますか?
木村:面接をして、人となりやどんなことをしてくれるのか、ちゃんと見極めた方がいいと思います。産業医って、企業から雇われている身でもありながら、とはいえ社員の味方でもいるべきで、ちょうど中間の立場なんですよね。だから、どちらかに寄り過ぎず、どちらとも平等に会話するべき存在だと思います。そういう動き方、接し方をしてくれる人なのかどうか、つかんでおいた方がいいでしょうね。
睡眠・食事・メリハリetc. 自分の不調に気づくためのヒント
石倉:自分でできるケアについてもお聞きしたいと思います。僕は普段、朝同じ時間に起きて、同じご飯を食べて支度して子どもを送って仕事するところまで、基本毎日ほぼ同じルーティーンをこなすんですね。これは1つメリットがあって、たとえば水を飲むにしても「今日はよく飲めるな」という日と「なんか飲めないな」という日がある。そういう違いに自分で気づきやすかったりするんですよね。そういうちょっとしたことも含め、どんなことが有効なのか教えてほしいです。
木村:そうですね。ケアをするにしても、まずは自分の今の状態を知っておくこと、違いに気づけることがすごく大事です。だから、ルーティーンを通して気づくのはすごく良いことだと思います。実は、私も水が飲めるか飲めないかに体調が現れるタイプなんですよ。そういう身体的な変化で気づくのも1つの手です。
もちろん、変化がどこに現れるかは人によって違います。眠りが浅くなったとか、頭痛が増えたとか、あとはイライラしちゃって人に当たったり、全部マイナスに捉えてしまうとか…。「今ちょっと自分元気ないかも」ってときは、仕事の量を少し減らしたり、時間の配分を調整したりできるといいですよね。
毎日100%で過ごせる人なんていないですから。60%の日があってもいいし、そう言う日は、たとえば朝はスロースタートで始めて、やっていくうちに段々調子が出てくるパターンもあるじゃないですか。自分の状態を知っておくと、そういう上り調子にも気づけると思います。
石倉:ただ、仕事の量って減らしにくいポジションの人もいると思うんですよね。他にシンプルにできることはありますか?
木村:睡眠と食事は体の基礎なので、睡眠時間を削らないことと、食事の時間を取ること。心の落ち着く時間をちゃんと作ることが大事なので、休み時間はまず電子機器を遠ざけることをしてみてほしいです。10分でもいいから、パソコンを閉じて携帯を見ないでご飯を食べるとか。10分が難しければ7分でも、5分でもいいです。
メリハリをつけるために、仕事をする空間を決めるのもおすすめです。そして、仕事をするときはちゃんと着替えて、仕事モードの自分にしてから取り組むとか。最悪なのは部屋着のまま、ベッドの上でパソコンを開くような生活になってしまうこと。そうなると、本当にオンオフがつかなくなっちゃうので。
石倉:そういう工夫をしつつも、もし「自分、もしかしたら不調かも」と思ったら、どの段階で病院に行っていいんでしょうか?
木村:私が診る方も「このぐらいで来てよかったんですかね」って言われることが多いんですけど、別に「このぐらいじゃなきゃ精神科に行っちゃだめ」って基準はないわけですよ。皮膚科で言えば、ニキビができても皮膚科へ行ったりするじゃないですか。だから精神科も、「ちょっと辛いな」「最近、集中力ないな」くらいで行っていいんです。
たしかに、日本はまだまだ精神科やカウンセリングなどに対して偏見があったり、お金をかけることにハードルを高く感じてたりする部分はありますが…。「精神科=休職」とか「精神科=薬に頼ることになる」ってわけじゃないので、誤解しないでほしいですね。カウンセリングをしたり、薬じゃなくて漢方を出したり、やり方はいくらでもあります。
だから、まずは少しでも医療とつながってみて、自分の状態を知ってほしいですね。
※本記事は、11月16日に『Alternative Work』が主催したイベントの内容を編集して作成しています。
部下のメンタルケアについて知りたい方は、「これから始める、メンタルケアの基礎知識」をご覧ください。
ヒガキユウカYUUKA HIGAKI
フリーの編集者・ライター。求人広告制作、編集プロダクションを経て独立。主に人事・採用領域で導入事例取材、キャリアストーリー取材をしています。もう一つの専門はボカロ・バーチャルYouTuberなどのネットカルチャー。Twitter:@hi_ko1208