転職したり仕事を変えたりすることが当たり前になる「大転職時代」──世間では、「大転職時代が本格的に到来した」という話題もたびたび見かけますが、本当に日本は「大転職時代」を迎えているのでしょうか?
転職に関するデータや各国のデータから、日本の転職の現状と今後を考えます。
本当に「大転職時代」は来るのか?
ここ数年、リモートワークや副業をする人が増えたことから、ビジネスパーソンにとって働き方が変化するのではないかと言われています。
これからは1つの仕事をずっとやるのではなく、複数の仕事をしたり、リスキリングをしながら仕事を変えていくことが当たり前になるのではないか、いわゆる「大転職時代」が来るのではないかという話が出てきています。
大手企業の動きを見ていると、年功序列や終身雇用など「日本型雇用」と呼ばれる働き方は少しずつなくなったり、ジョブ型雇用に移行している会社が増えてきました。そうした社会の流れを踏まえ、「ほとんどの人が転職する時代が当たり前になる」「だから、ビジネスパーソンは個としてどこでも通用するスキルを身につける必要がある」と言われています。
たしかに、今後も働き方は多様化するでしょうし、新卒で入社して定年まで同じ仕事をし続ける人が増えることはないように感じます。
ただ、本当に「大転職時代」に近づいているのでしょうか。
今回は、いくつかのデータを使いながら現状の転職市場について見てみようと思います。
実は転職者数は減っている
実際、ここ数年で転職者は増えてきているのでしょうか。
厚生労働省が出している「令和4年版労働経済白書」を見てみると、実は転職者数は2020年、2021年と2年連続で減少しており、2021年は290万人という数字が出ています。
コロナ禍前の2019年までは年々転職者数は増えていましたが、コロナ禍の影響で現在は転職者数は減ってきているのです。大転職時代という言葉は2020年以降の働き方の変化をきっかけに言われるようになりましたが、実際の動きは逆です。
スタートアップ企業やインターネット産業で働いていると、転職をする人も多いですし、SNSを見ていると毎月のように知人・友人の誰かが転職をしているので、もっと多いイメージを持っている人もいるかもしれません。
しかし、日本の就業者数は約6700万人ですから、およそ4.3%〜5.0%くらいの人が常に転職するというのが日本の労働市場で、「毎年働いている人の20人に1人が転職するかどうか」というのが日本の現状であり、大転職時代とは到底言えません。
厚生労働省が出している「毎月勤労統計調査」で見ても、ITやインターネット業界が含まれる情報通信業でも入職率1.88%、離職率3.34%とそこまで多くはありません。印象とは違い、業種問わずあまり転職しないようです。
また、国別に見てみると、日本は諸外国に比べて圧倒的に就業1年未満の人が少ないです。つまり、新しい職場で働いている人が少ないということです。
ちなみにアメリカの労働統計局が出しているデータによると、1978年から2018年にかけて18歳〜50歳では平均して12.4つの仕事を経験しているという数字が出ています。
なぜ、日本人は転職しないのか?
では、なぜ日本人はあまり転職をしないのでしょうか。
世間では、以下のようなさまざまな説が見られます。
- 日本は一度雇ったら解雇が難しいから、雇用の流動が起きづらいのではないか
- 終身雇用や年功序列などの制度が良くないのではないか
- ジョブローテーションなどにより、専門スキルが身につかないからではないか
たしかに、1つの要因ではなくさまざまな要因が複雑に絡み合い、今のような労働市場になっているのだと思います。
しかし、上述のような説は大企業を中心とした議論です。日本企業の99.7%は中小企業であり、労働者の約70%は中小企業で働いています。
つまり、この中小企業で働いている人たちが転職をするようになるかどうかが「大転職時代」になるかどうかの鍵になります。
そこで、より詳しく見てみると、中小企業の約85%は従業員が5名未満で平均人数は3、4人、中小企業全体の従業員平均は約8、9人です。ということは、日本にあるほとんどの企業は自営業のような小規模で運営している会社なわけですが、3,4人で運営している会社で働いていると考えると「転職する」という行為は非常に重たい行為になるのではないでしょうか。
自分が抜けたら自分がやっていた仕事をやる人はおそらくいないでしょうし、下手すれば会社が倒産したり、事業を続けるのが難しくなる可能性もあるかもしれません。それをわかっていて「転職する」というのは、精神的なハードルが非常に高いことは容易に想像ができます。
大きな会社であれば、自分が抜けたとしても良くも悪くも代わりの人は見つかる可能性が高いです。ただ、多くの日本人にとって「転職する=会社や事業の存続に関わる」という非常に重たい行為になっている可能性があります。
そう考えると、会社で働く一人ひとりの仕事の比重が高すぎることが日本で転職という選択肢をなくしているのかもしれません。
今、数人で働いている会社が合併や統合し、3,4人ではなく50人程度の会社がどんどん生まれれば、転職という行為がそこまで重たい行為ではなくなります。
日本が「大転職時代」を迎えるためには、小規模企業が自社だけで頑張るのではなく、合併・統合・連携などを通して大きなチームになっていくことがポイントなのかもしれません。
石倉 秀明HIDEAKI ISHIKURA
働き方に関する調査・分析・研究を行うAlternative Work Lab所長。慶應義塾大学大学院政策メディア研究科修士課程在籍。『Live News α』(フジテレビ系列)、『ABEMAヒルズ』(ABEMA)コメンテーターや『ダイヤモンド・オンライン』での連載、書籍執筆などの活動も行う。著書に『会社には行かない』『コミュ力なんていらない』『THE FORMAT』等。