リモートワークを語る際、「部下のマネジメントが難しい」というのはよく挙がる悩みです。マネジメントのなかでも、部下のメンタルのケアはどのようにおこなうべきなのでしょうか。企業の産業医なども請け負う精神科医の木村好珠先生に、メンタル面から見た部下とのコミュニケーションの方法を伺いました。
リモートワークで生じるメンタル問題
コロナ禍を機に、リモートワークを取り入れる会社が多くなりました。初めてのリモートワークに戸惑う方も多く、この困惑が精神的な疲労にもつながり、メンタルクリニックでも多くの“リモートワーク難民”の方がいらっしゃいました。コロナ禍が想像以上に長引いたことやリモートワークでのメリットにより、コロナ終息後もこのスタイルの働き方は、多くの会社で続きそうです。
リモートワークによって、メンタル面では以下の2つのような問題が起こりました。
①患者数の増加
②重症度が高くなってから受診する
1つ目は、慣れないリモートワークでオンオフの切り替えができないという「ライフスタイルの問題」、そしてリモートでのコミュニケーションがうまくとれないという「人間関係の問題」が理由として挙げられます。
2つ目は、会社に行くまでの行為の違いが理由として挙げられます。オフィスへの出勤の場合、朝準備をして玄関を出て、電車に乗り、会社の門をくぐる。この一連の流れをクリアした人のみが会社にたどり着くのに対し、リモートワークは朝起きるのが辛くても、とりあえずパソコンのスイッチを入れることができればなんとか仕事は始められます。出勤の体力が残っていない状態でも“まだ頑張れる”と自分を鼓舞し、本当に動けなくなるまで、なかなか受診する気持ちになれなかったようです。
実際診察に来て、「結構前からパソコンの前で泣きながら作業していました」という方も多く、頑張り続けてしまったんだなという印象をたくさんの患者さんに持ちましたし、さらに会社の人からは表情が見えないため、周りの社員もその人の変化になかなか気がつくことができません。「病院に行ったほうがいいんじゃない?」の声がなかなかかけられない環境が状況を悪化させてしまったように思います。
要するに、コロナ禍によるオンラインコミュニケーションに対応できていなかったということです。リモートワークはテキストでのやりとりも多く、表情が見えないぶん、対面時に比べ、コミュニケーションに工夫が必要だったのです。
対面でもオンラインでも重要な「ラインケア」とは
「ラインケア」という言葉を耳にしたことはあるでしょうか。
「ラインケア」(ラインによるケア)とは、厚生労働省が推奨している「上司が部下の変化に気がつき、早めのメンタルケアをしよう」という考え方です。
先ほど申したように、リモートワークは、視覚的に他人の変化に気がつけないものです。東京大学大学院医学科研究科の川上憲人教授は、「人々の物理的な距離が遠くなれば、自ずと人々の心は遠ざかり、コミュニケーションは必ず希薄化する。希薄化したままだと、社員の健康や組織の生産性、ひいては組織そのものやガバナンスにも悪影響を与える」と話しています。ですから、対面よりも意識的にコミュニケーションをとる必要があるのです。
まず、コミュニケーションの大前提として話したいのは、単純に「コミュニケーション=話す・聞く」だけではないということです。
方法もテキストやボイスチャットなどいろいろなツールがありますし、表情や間合い、頻度、話し方などによって伝わり方は全く違うので、単に同じことを話す場合でも同じコミュニケーションがとれているとは言えません。「話す・聞く」をしていたとしても、何も意識せず行為として行っているとしたら、もしかしたら全く相手に伝わっていないかもしれず、ただの一方通行の独り言になっているかもしれません。自分だけが相手に伝わっている気になっている場合も多いにあり得るのです。
これは対面でもオンラインでも同じこと。むしろ、対面ですと顔を見ているため、伝わっている気になる場合が多く、オンラインより一層、相手が理解していないことに気がつきにくい場合もあり得ます。ですから、コミュニケーションはオンラインだから困難!というわけではなく、やり方次第でいくらでも改善できます。
テキストコミュニケーションの“見えない”難しさ
先ほど、対面でもオンラインでも「コミュニケーション=話す・聞く」だけではないとお伝えしましたが、リモートワークならではのコミュニケーションと言えるのがテキストでのコミュニケーションです。
テキストで難しいことの1つに、相手が今どういう状況か判断しにくい、ということが挙げられます。
仕事が立て込んでいるのか、会議中なのか、比較的空いているのか、判断材料が少ないのです。何か質問したい時に、出勤していれば相手が見えるので、(今は少し忙しそうだな)とか(ちょっとピリピリしているかも)と感じられ、タイミングを図かれますが、オンラインだとなかなか判断できません。
オンライン上のスケジュール管理で会議中ということはわかっても、なんらかのストレスでイライラしていたり、どうしても調子が出ない日だったり、その時の調子や感情はワンアクション起こさないとどうしても知ることができないんです。その結果、質問するタイミングを逃して、上司から「なんで早く言わなかったんだ!」と怒られる。空気を読み過ぎてしまった故に、叱責されるなんてことにもなりかねません。
上司側としても、何か問題があるのであれば早く聞いてほしいのに部下が聞いてこない、自分からガンガン声をかけるとうざいのではないかという懸念もあり、両者の葛藤でタイミングがうまく噛み合わず、仕事の効率が悪くなり、お互いのストレスも溜まっていく…。こんなこと、経験していないでしょうか。
また、何か仕事を任せた時の表情が見えないということも難しい点の1つです。目の前にいれば、なんとなく表情で(快く受け入れてくれているな)と感じたり、逆に(この人、実は納得してないな)と感じ取れる可能性がありますが、テキストだとその表情がなかなかわかりません。何かの指示を出しても、それに対しての本心は見えにくいのです。
テキストコミュニケーションにおけるラインケア方法
では、テキストコミュニケーションにおいては、どのようにラインケアをしていくべきなのでしょうか。
まずは、コミュニケーションは一方通行だと成り立たないことを念頭に置いてください。とにかく具体的に言語化し、相手が理解しているかの確認を怠らないことも大切です。また、部下から上司に質問するのはなかなかハードルが高く、特に新入社員や新しい部署に配属されたときなどは、勝手がわからず、1人で改善しようと混乱してパニックに陥りがちです。
ですから、まずは「上司から声がけをする」、そして「質問して良いタイミングを提示する」。チャットツールでは、自分の今の状況を示せるステータス機能を利用したり、インターネットでよくあるような「名前@自分の状態(会議中、○時まで外出、など)」を入力しておいたり。
とにかく、相手が見えない状況なのであれば、上司側から見てわかるヒントを提示しておくことが大切です。オフライン以上に、「察してください」は無理だと考えたほうが吉です。
また、会社だとオフィシャルの場で絵文字を使うことに抵抗がある人も多いかも知れませんが、自分の表情の代わりに絵として表情を置き換えるイメージで絵文字を有効活用してほしいと思います。段々と使っていくうちに、この絵文字を使っているときはすごい調子が良いときだ、など仕事仲間の特徴がわかるようになってきますよ。また、メンタル不調の際に、オンラインでもわかる部下の変化を覚えておくと良いでしょう。
たとえば、以下のような部下の変化には注意が必要です。
- レスポンスが遅くなった
- 仕事の効率が悪くなっている
- 以前に比べて発言回数がかなり減っている
- 謝罪やマイナス思考の発言が多くなった
- イライラしていたり、攻撃的な反応が多くなった
- 勤怠が守られていない
- いつも体調が悪そうである
そうなった場合、「ダメじゃないか!」とか「最近、弛んでいるぞ」などと決めつけてしまうと、部下の方は誰にも状況を伝えられなくなってしまいます。まずは「どうしてそうなったのか」を一緒に話し合ってみてください。そして、「何かあったらいつでも味方になる」「一人で抱える必要はない」ということを伝えてみましょう。
上司の立場だけで対応するのが難しそうであれば、他の社員を巻き込んだり、産業医との面談を提案するのも良いと思います。疲れている時は、物理的にも思考的にも視野が狭くなりやすいので、1回肩の荷を下ろす時間を作ってあげてください。
そして、疲れは部下だけでなく自分自身にも溜まっていることも忘れずに。自分のストレスが溢れていると、ふとした瞬間に出てしまいます。それは表情などわかりやすいこともですが、チャットの文章などにもしっかり滲み出るものですよ。
ますます多様化する働き方のなかで、今後もさまざまな変化がでてくるかもしれません。
どんな時でも常に意識するべきは、うまく言うことではなく、下手でもいいから相手に伝わること。そして、伝える目的はあなたが話すことではなく、相手が理解することだということを忘れないようにしましょうね。
上司も部下も会社全体が前向きに仕事に向かえるように、より良いコミュニケーションをとっていきましょう。
部下のメンタルケアについて、より詳しく知りたい方は、「これから始める、メンタルケアの基礎知識」をご覧ください。
木村好珠KONOMI KIMURA
精神科医・産業医・スポーツメンタルアドバイザー。 メンタルクリニックでの勤務、14社の産業医、サッカーや野球などトップアスリートへのメンタルアドバイス、アカデミー世代へのスポーツを通じたメンタル育成を行う。1人でも多くの笑顔が生まれるよう日々奮闘中。著書に『スポーツ精神科医が教える日常で活かせるスポーツメンタル(法研)』 『人づき合いがスーッと楽になる コミュ力アップの法則(法研)』など。