企業でも研修などで導入が進んでいる「リスキリング」。変化の激しい時代を生き抜くため、その必要性を疑う人は少ないですが、対象は「従業員」だけなのでしょうか?
本記事では、IT学習、プログラミング活用のコンサルティングや研修・トレーニングを提供する株式会社プランノーツ 代表取締役・高橋宣成さんに、リーダーこそがリスキリングに取り組むべき理由をうかがいました。
リスキリングは「従業員がするもの」という誤解
よく経営者のみなさんからの相談として、以下のようなものがあります。
「うちの従業員がなかなかリスキリングに取り組んでくれないのだが、どうしたらよいだろうか」
「従業員をリスキリングさせるための良い補助制度やサービスはないだろうか」
私はこれらの質問に少なからず違和感を抱くのですが、読者の皆さんはいかがでしょうか。
違和感のポイントは、リスキリングの対象が「従業員」となっていて、経営者ご本人はどうやら含まれていないように思えるということです。
たしかに、webで「リスキリング」と検索をすると、以下のような文章を、比較的すぐに見つけることができます。
> リスキリングとは、主に企業の従業員が、成長分野の仕事へ就労移行するために学び直すことを指します。
このように、リスキリングという言葉には、従業員がするもの、または従業員にさせるものというニュアンスが含まれていると理解をしているケースも少なくないようです。
実際、経営者の最も重要な仕事は経営であり、「リスキリングなどをしている余裕はない」「むしろ、経営者のリソースはできる限り経営や意思決定に注ぐべきだ」という意見にも一理あるように思います。
しかし、本当に組織としてリスキリングを成功させたいのであれば、リーダー自らをその取り組みの蚊帳の外に置いた状態でのリスキリングは悪手になりやすいというのが私の意見です。
組織内で「変化」や「提案」が起こりづらい、あるある例
その説明をするために、1つの例を考えましょう。従業員Aさんは同じ部署の先輩Bさんとともに、取引先に継続的にサービスを提供します。その取引先の担当者Cさんは、サービスに満足していると評価してくれています。
あるときAさんは、その案件で使用しているExcelファイルについて、マクロを活用する作業プロセスに変更することで、Aさん自身と、場合によってはCさんの多くの作業を自動化し、両者の生産性を上げられるのではないかと考えました。
この提案を上司のDさんにしたところ、「Bさんはマクロ使えないよね?Aさんしかできない業務があるのはリスクなのでは?」「業務マニュアルも全部変更してくれるということでいいよね?」「このファイル、隣の部署も使っていたように思うけど確認と調整してくれる?」と、このようにたくさんの宿題をもらってしまいました。
実は多くの場合、Aさんのように上司のDさんに直接提案するまでに至るのは稀です。なぜなら、AさんはDさんのそのような反応と、提案をすることによって自らに将来降りかかる負担を事前に予期することで、その提案を自らの中に閉じ込めてしまうのです。
このような、組織の中で業務上の変化を起こすことを「負荷=コスト」として捉え、避けようとする意識を「変化抑制意識」といいます。
パーソル総合研究所「リスキリングとアンラーニングについての定量調査」とコラムでは、この変化抑制意識があることで、リスキリングにマイナスの影響がある傾向が確かめられたと報告されています。つまり、「職場で新しいことを取り入れるのは大変だ」→「割に合わないと予期される」→「新たなスキルを学ぶ意欲も湧きづらい」というロジックです。
言葉より強い、リーダー自らの「アクション」と「姿」
では、変化抑制意識を抑えるにはどうすればよいのでしょうか?手法はいくつかあります。
- 従業員一人ひとりに多くの裁量を渡す
- 新たな取り組みを推奨することを組織全体の目標とする
- 良い変化をもたらしたことへの報酬を用意する
しかし、これらの手法もリーダー自らリスキリングを率先することを避けるのであれば、その効果は陰りを見せるでしょう。
日本は、世界の中でも最もハイコンテクストなコミュニケーションをする文化と言われています。つまり、言葉に頼るコミュニケーションに対して、空気から察するコミュニケーションの比率が高いのです。
従業員は、経営者の言葉も重視しますが、言葉と言葉の行間に存在する空気も重視しています。いくら、新たな取り組みや変化を全面的に推奨すると言葉で伝えていたとしても、リーダーの姿勢から、それとは異なる「忙しければリスキリングはしなくてもよい」「偉いポジションならばやらなくてよい」というメッセージを勝手に読み取ってしまいます。
その点、株式会社LIXILが、ノーコード開発ツール「Google AppSheet」を用いたアプリ開発のスキルを4000人もの従業員に習得させることに成功した事例を見れば、経営者のスタンスの重要性が見えてきます。
2021年7月、代表執行役社長兼CEOの瀬戸欣哉氏から役員幹部向けの会議で、突然の宿題が発表されました。
「LIXILの未来を担うリーダーである皆さんは、デジタルを避けては通れません。なので皆さんには、これからアプリを作ってもらいます」
この後、経営幹部50~60人向けのアプリ開発ワークショップが展開され、その数ヶ月後に、経営幹部による開発アプリ発表会を開催しました。一般社員への展開はその次のフェーズに行われました。
LIXILの従業員の皆さんは、この様子を見てどんな空気を察したでしょうか。「会社として変化をしていこう」「そのために学んでいこう」「そして、忙しくてもそれはできる」──そのような強いメッセージを受け取ったのではないでしょうか。
組織としてリスキリングを推進していくための、最も有効で近道となるのは、リーダーから率先してリスキリングをすることです。
そして、言葉をかけるだけでなく、自ら率先してリスキリングの行動をとること──それこそが、言葉とその行間にある空気全体に、「リスキリングに本気である」というメッセージを埋め尽くすことに繋がるのではないでしょうか。
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そもそも「リスキリング」とは何か?本来の意味と目指すべきゴール
高橋宣成NORIAKI TAKAHASHI
株式会社プランノーツ代表取締役。一般社団法人ノンプログラマー協会代表理事。コミュニティ「ノンプログラマーのためのスキルアップ研究会」主宰。最新の著書に『デジタルリスキリング入門』。他著書に『Pythonプログラミング完全入門 ~ノンプログラマーのための実務効率化テキスト』『詳解! Google Apps Script完全入門[第3版]』等。