最近、ホットなキーワードである「人的資本経営」。経営者が人材を「資本」と捉え、価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上を目指す経営のあり方を指します。
日本では、2023年3月期決算から上場企業などを対象に人的資本開示が義務化されましたが、世界での関心や動き、今後予想される流れについてまとめました。
そもそも、人的資本経営とは?
人が持つ能力や才能が企業の知的資産となり、企業の価値や競争力に直結しているーー。この考え方は、最近になってさまざまな業界で注目されるようになりました。日本で広く知られるようになったきっかけは、2020年9月に「人材版伊藤レポート」が公表されたことです。
人材版伊藤レポートでは、それまで一方的に管理・消費されるものだった人材の捉え方について、「人的資本(Human Capital)」を通して価値創造するという新しい考え方が提示されました。
これ以降、ビジネスシーンで「人的資本」という概念が知られるようになり、人材を新しい発想で捉え直す流れが生まれました。2021年6月に改訂された「コーポレートガバナンス・コード」でも、人的資本に関する記載が盛り込まれました。
さらに経済産業省は、2021年7月から「人的資本経営の実現に向けた検討会」を開始。議論を重ね、2022年5月には「人材版伊藤レポート2.0」を公表しました。
また、投資家の間で「ESG(環境・社会・ガバナンス)投資」が関心を集めていることも、人的資本経営が注目されている理由の1つです。企業は、投資家との関係を鑑みても、人的資本などの「非財務情報」を明らかにする姿勢が求められています。
世界でも一大トレンドとなっている人的資本開示
人的資本にまつわる情報を開示する「人的資本開示」は、世界でも一大トレンドとなっています。動きは日本よりも早く、2018年には国際標準化機構(ISO)が人的資本開示のガイドライン「ISO30414」を発表しました。
これは人的資本開示について網羅的かつ体系的にまとめられた世界初のガイドラインで、11の領域と、それを具体的に開示するための58の指標が示されています。大企業からスタートアップまですべてに適用可能とされています。
アメリカでは2020年11月、証券取引委員会がすべての上場企業に対して人的資本開示を義務化。人件費のうち企業の成長につながる投資を明示させるという新ルールも、現在検討されています。EUでは、2023年1月に「企業サステナビリティ報告指令(CSRD)」が発効し、2024年1月から段階的に適用されています。
人的資本の可視化を行う際の「7分野19項目」
こうした流れのなか、日本でも、人的資本開示の制度づくりが進んでいます。2022年8月には、経済産業省が「人的資本可視化指針」を公表し、具体的にどんな情報を開示するべきか、7分野19項目に分けて明確化しました。7分野19項目は、下記の通りです。
- 人材育成(リーダーシップ、研修・人材育成、スキル・経験)
- エンゲージメント(従業員満足度)
- 流動性(採用、維持、サクセッション・後継者育成)
- ダイバーシティ(多様性、非差別、育児休業)
- コンプライアンス、倫理(コンプライアンス)
- 労働慣行(福利厚生、賃金の公正性、労働慣行、組合との関係、児童労働/強制労働)
- 健康、安全(精神的健康、身体的健康、安全)
※出典:人的資本可視化指針(非財務情報可視化研究会)
日本でも、大企業の人的資本開示が義務に
さらに、日本も上場企業などを対象に、2023年3月期決算から人的資本開示が義務化されました。対象は、有価証券を発行している大手企業約4,000社。有価証券報告書にサステナビリティ情報の記載欄が新設され、「戦略」「指標及び目標」の2項目を記載することになりました。
具体的には、人材育成に関する考え方や社内環境整備の方針、目標、進捗状況などを明記する必要があります。不提出の場合は懲役あるいは罰金(または過料)を受けることとなります。人的資本経営を抽象的な概念で終わらせず、定量的に示す工夫が必要といえるでしょう。
すでに、一部の企業は取り組みが進んでおり、ISO30414について第三者認証を受ける例が出てきています。たとえば、2022年3月には株式会社リンクアンドモチベーションが日本初の認証を取得。同年10月には豊田通商株式会社が卸売業で初、2024年4月には日清食品ホールディングスが食品企業で初となる認証を取得しました。
しかし現状、上場企業2,295社のうち、45%である1,030社が開示要件を満たしていません(※1)。業界別では、不動産業や倉庫・運輸関連業が開示レベルが低いこともわかりました。
出典:Unipos株式会社プレスリリース「人的資本開示2年目。24年3月決算上場企業のうち45%は開示要件を満たしていないことが判明」(2024年7月23日)
企業の経営者やマネージャー層がするべきこと
現在、日本で人的資本開示が義務として課されているのは大企業のみで、社会全体からみれば一部です。ただ、大きな潮流として人的資本が注目され、投資家や働き手が企業を判断する1つの指標になっていくことは間違いありません。
現在は義務化されていない中小企業やスタートアップでも、積極的に開示することで企業価値が上がり、採用市場でも強みを得られます。
具体的に、経営者が取り組みたいポイントとしては以下が挙げられます。
1.定量的にモニタリングすべき指標を決める:開示して意味のある指標は、企業の規模や事業内容によって変わるので、議論が必要です。
2.定性的な項目を定量化する:従業員エンゲージメントをはじめ定性的な項目を分析するには、定量化が必要です。アセスメントツールなどを活用するといいでしょう。
3.データを計測し、集めるシステムを整備する:データを活用する前提として、計測し収集できる環境が必要です。リアルタイムでアクセスできるBIツールなどを利用するといいでしょう。
4.経営者やマネージャー間で議論を深める:人的資本に関する方針を決め、開示する項目と自社の企業価値をどう関連づけるのか改めて議論する必要があります。
人的資本開示は、日本だけでなく世界のビジネスシーンで注目されている大きな流れです。義務化されている大企業だけでなく、すべての企業に関係することだと意識し、取り組みを進めていきましょう。
なお、人事労務体制を見直す際には、コア業務以外をプロフェッショナルに相談・アウトソーシングすることも有効です。
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さくら もえMOE SAKURA
出版社の広告ディレクターとして働きながら、パラレルキャリアとしてWeb媒体の編集・記事のライティングを手掛ける。主なテーマは「働き方、キャリア、ライフスタイル、ジェンダー」。趣味はJリーグ観戦と美術館めぐり。仙台の街と人、「男はつらいよ」シリーズが大好き。ずんだもちときりたんぽをこよなく愛する。